論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信

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付箋 9個

内容

詭弁を学ぶことで、相手の用いた詭弁を自らの議論の武器にすることができる。

いろいろなパターンの紹介になっている。

感想

議論(説得)もまた心霊的生殖であり、自分の考えを、半ば強引に他者の中に植えつけようとする行為である。議論とは、言葉で他人を支配し、自分の精神を電波させようとする営みである。

論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信 P‥33

集団で生活しなければ生きていけなかった人間は、集団の中で序列をつくる。

自分の力の及ぶ範囲が広ければ広いほど貰いが多くなる。

そのためには、実際に攻撃しては自分の力を削ぐことになるので、抽象的に支配する必要がある。

相手の主張を単純化し、極論に変貌させ、愚劣で脆弱なものにすり替えてしまうのだ。

論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信 P87

不寛容の原理はちょうどこの逆で、相手の議論が複数の意味で理解されるとき、できるだけその議論が誤りとなるように、相手に不利に解釈しようとすることである。

論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信 P‥55

このやり方は、そこらじゅうで使われている。片方だけだったり、同時に使われたりする。大体、同時に使われることが多い気がする。相手に使われたときは意味の定義をし直す必要がある。

曖昧な言葉はそれゆえに論証に不正・不備を生じさせるが、曖昧さを取り除こうとすることもまた、新たな詭弁を発生させる温床となりうるのである。

論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信 P75

でも、新たな詭弁が発生してしまう。

相手の主張を拡張し、それを破綻に追い込む方法が有効であるならば、自分の主張はそれとは逆に、適用範囲をできるだけ狭く限定したほうが安全ということになる。

論理病をなおす! ――処方箋としての詭弁 (ちくま新書) 香西秀信 P93

意味が広いと防御をするのが難しくなるので、自分の意味は狭く使って、突っ込まれたら、そこからまた新しい詭弁を使えばいい。

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